ベトナム戦争の傷跡 同行の友人のレポート NO.3

(2014年09月01日)

おふさは持病の座骨神経が出て、戦跡探訪は無理、入り口で林真理子さんの『白蓮 れんれん』を読みながら待つことに・・・。以下はYさんのレポートを頂きました。

今、ホーチミンは穏やかで発展途上にあり、歴史的なビルと近代的な高層ビルが混在し今もなおビルの建設も盛んなようで起重機が空を陣取っていました。

初日から驚いたのは、バイクの数。一車線と二車線半分をバイクが占領して轟音を立て大人二人乗りはもちろん、間に子どもを挟んで三人四人で乗って走る様子には、活気あふれるパワフルな街を肌で感じました。

2日目午後、中心部からバスで一時間の所にあるクチトンネルに行きました。
ベトナム戦争当時の南ベトナム解放戦線の作戦本部がおかれていた基地です。
市街地を抜けると、水田や農村がひろがるのどかな地帯[クチ]へと。
着いて、森林の中をしばらく歩くと当時の戦車がおかれていました。

地上を歩いていても、何と言うことのない雑木林でしたが、この地下には体の大きいアメリカ人では太刀打ちできない、体の細いベトナム兵しか入れない細いトンネルが蟻の巣のように掘られていたそうです。
内部には司令室や診療所、台所などさまざまな施設が作られ、総延長250キロにもなると言うことでした。

観光用に入れたトンネルは、50mほどでしたが、ほぼ真っ暗です狭い穴をほとんど這って進みました。
ベトコンの基地では、ベトナムの人たちの生きるための絞り出された知恵に感服するばかりでした。

犠牲者はベトナムだけでも20万人の死者、そして空中から大量に散布された枯葉剤の後遺症は現在でも残っていることに、広島や長崎の原爆投下と重さなり、言い知れぬ気持ちでした。
人々々が生きるための場所とした知恵、そのための苦労と努力、生み出された知恵を知ることができました。

ガイドさんが親兄弟をこの戦争で亡くした怒りを吐露していましたが戦争は不幸を生むばかりです。
平和の大切さを学ぶ旅でもありました。


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旅情を誘う一弦琴奏者 チップが物を言い・・・か、指導してくれましたが
雨だれの音がやっとのこと。一弦は日本にもあります。
趣は違いますが宮尾登美子さんの小説が思い出されました。

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